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【2日目・レポート】大川小の「悲劇」 繰り返さない

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国連防災世界会議が始まった14日、石巻市大川小の津波被害を伝えようとするイベントなどが仙台市各地で開かれた。仙台市市民活動サポートセンターでは、教訓を次代へ伝えようとするシンポジウムがあり、エル・パーク仙台などでは、遺族や卒業生らがスピーチに立つ場面もあった。

 サポセンであったシンポジウム「小さな命の意味を考える~あの日の大川小学校の校庭から学ぶもの~」はNPO法人KIDS NOW JAPANが主催。東日本大震災で児童と教職員計84人が死亡・行方不明になった大川小の悲劇に対する関心は高く、定員を大きく上回るのべ330人の来場者が訪れた。

 遺族や専門家ら4人が登壇し、石巻市大川小学校の悲劇を検証しつつ、次世代への教訓を共有する内容。大川小で次女を亡くした「KIDS NOW JAPAN」事務局長の佐藤敏郎(さとう・としろう)さん(51)の「あの日の大川小学校の校庭にみんなで集まった」という一言で会は始まった。

<「子どもたちの命を真ん中にして考えよう」と語る佐藤さん>

<「子どもたちの命を真ん中にして考えよう」と語る佐藤さん>

 

佐藤さんは、津波に襲われた時の生徒の状況や避難経路を、図を使って解説。「なぜ命が失われたのかを曖昧にしない」と力を込めた。さらに、子どもを守れなかった要因の一つとして、学校組織の意思決定の問題を挙げ、「想定外を想定」する必要性を強調。「未来に大川小の学びをつなげなくては、本当に想定しない波が来てしまう」と警鐘を鳴らした。

 早稲田大学客員准教授の西條剛史(さいじょう・たけお)さんは、「なぜ生徒が逃げ遅れたのか」を独自の方法で構造的に分析し、提示した。悲劇の背景に「津波の経験がないことによる油断」「避難マニュアルの不備」などがあったと指摘。緊急時に役立つマニュアルの重要性を訴えた。

 「河川津波への意識の薄さ」も、悲劇を導いた要因だったという。「津波=海で起こるものと思いがちだが川と海はつながっている。警戒心を持ち続ける必要がある」と呼び掛けた。

 エル・パーク仙台であった「宮城子ども会議」には、当時大川小の5年生だった只野哲也(ただの・てつや)さん(15)ら卒業生を含む4人が出演。震災遺構として校舎の保存を訴えてきた1年間の活動を報告し、母校への思いを語った。、「多くの人が校舎を見て、津波の恐ろしさを知るきっかけになれば。地域で納得いくまで話し合い、答えを出す必要がある」と只野さん。仙台市民会館で行われた国連ジュニア防災会議でも、大川小の卒業生3人がスピーチした。

 友人との記憶を思い出したり封じ込めたりしながら、言葉をつむぐ。将来の防災の担い手の声に、来場者も耳を傾けていた。

 

<これからも大川小の悲劇を伝え続けると語る只野さん>

<これからも大川小の悲劇を伝え続けると語る只野さん>

 

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 「本当の危険は目に見えないところにある」。今回の取材で感じたことです。

大川小の悲劇はなぜ起こったのかー。多くの背景が重なって起こった事故でした。しかし「津波なんて来るわけがない」という「思い込み」が多くの人にはあったのではないでしょうか。震災から4年。3.11の出来事は確実に風化が進んでいます。あの日の記憶、教訓を絶やしたくない、という思いが強く伝わってきました。私自身も「できること」からしていきたいと思います。(鈴木)

 

 「子どもたちの命に意味づけをしたい」。佐藤先生が事前取材で言った言葉が胸にとまっていた。昨日のフォーラムの内容から、子どもたちが亡くなったという事実だけで終わらせるのではなく、「次」に起こりうる災害のために、命を守る人が少しでも出てきて欲しいということだと感じた。大川小卒業生のスピーチを聞いた。一歩進んで立ち止まり、後ろを振り返りながらやっとの思いで進んでいるという印象を受けた。これからも活動を見続けていきたい。(小林)

 
(記事担当)
東北大学3年 小林直秋(こばやし・なおあき)
山形大学2年 鈴木里緒(すずき・りお)

 

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